こんにちは。ココです。
注意欠陥多動性障害(ADHD)で自閉症スペクトラムな息子の行動と会話から何かのヒントを綴っていく当ブログへようこそ。
表れ始めた息子の自傷行為。今回はそれがどんどん酷くなっていった…というお話です。
自傷と他害と物損行為
前回、授業中に周囲も驚愕してしまうような暴言を吐きまくっていた息子。
まるで嵐が来るのを感じさせるかのように、その湿った風は日を追うごとに強さを増していきました。
ある日、友達とふざけあっているうちにイライラしたのか、手を出したことのない息子がそのお友達を蹴ってしまったそうです。
その後彼は手足を振り回し、自分の頭をガンガン叩き、掃除用具のロッカーを蹴り続けていたそうです。
先生が押さえつけたことによってロッカーを蹴ることは治まったものの、自分の席で今度は机を蹴飛ばし、椅子をひっくり返して暴れました。
周りの子供たちが危ないので、先生が息子と手をつなぎながらその日は授業をされたそう。
衝動的に「自分が許せなくなる」
暫く時間が経つと、力が抜けたように落ち着き、なぜそうなったのかを先生に話したそうです。
お友達が何もしていないのに衝動的に蹴ってしまった…。そんなことをしてしまった自分にびっくりして、許せなくなったんだ…。
これまでだって、授業中にできないことはたくさんあったでしょう。
先を争って押したりして誰かを転ばせたことだって、きっとあったはずです。
今まで「ダメだな…」と思っていても、それほど気にしていなかったそれらの出来事。
前回授業中に吐きまくっていた暴言の時もそうでしたが、そういった「出来ない自分」「やってしまった自分」に対して、こんな風に極端に反応するようになってしまったのです。
自分の首を絞める、という自傷行為
そんな暴言、ドアを幾度も蹴る、椅子を振り上げるなどの暴れる行為、自分を拳で叩くという自傷行為が何度か続いたある日。
先生たちも青ざめる行為が出てしまったのです。
親である私にとって、多分一番辛い行為。
「自分で自分の首を絞める」という自傷行為が始まったのです…。
まとめ
エスカレートしていく自傷行為。私と息子はこの頃、彼の人生で一番大きな壁にぶち当たっていました。
どうしていいのか全く分からなかった私。事例をいくら勉強していても。
…自分の子どもとなると、何も考えられなくなるのです。
それが人であれば当たり前のことなのだと。深い関心と愛情ゆえに、そんなとき人は途方に暮れてしまうのだと。そしてそれこそが「親としての愛情のかたちのひとつ」なのだと。
今ではそう思いますが、その時の私は濁流に流されながら必死に泳ぎ続けるしかありませんでした。
暗く重い記事が続いたので、次回ちょっと休憩してから、また続きをお話したいと思います。
本日も最後までお読みいただいてありがとうございました。