発達障害だって、頑張るもん!

発達障害だって、頑張るもん!

注意欠陥多動性障害(ADHD)で自閉症スペクトラムな息子を持つママ・ココです。子どもを通して学んだ発達障害児への対応、工夫、その他色々な情報をたくさんの人と共有できたらいいな、と思っています。

 

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【発達障害児の「怖いこと」・2】 克服するには長い時間が必要です。 後編

水色の背景にプールに飛び込む男の子たち

 

こんにちは。ココです。

注意欠陥多動性障害(ADHD)で自閉症スペクトラムな息子の行動と会話から何かのヒントを綴っていく当ブログへようこそ。

 

今日は発達障害児の克服できない「怖いこと」。前回の続きです。 

 

● その日はある日突然。それまで待っててね、ママ。きっと感動させるから!

 

 

小学校当時の「怖いもの」ベスト

 

さてさて。発達障害児の怖いこと「あれこれ」。

 

小学校当時の息子の場合は、おうちのトイレや寝室などに一人で行くこと、そしてそこに一人でいること。暗い場所全般(プラネタリウムなど自分の興味が向くものは別)。

怖そうな効果音、怖い話やその手の本・テレビ。

体育の本番。音楽の演奏(間違う「可能性が」怖い)。

跳び箱やハードルなど、失敗したら痛い「かも」しれないもの、負ける「かも」しれない勝負。

 

その他に怖い上級生、威圧感のある先生なんかは普通の子供たちと同じように怖いものベストに入っていました。

 

学校の授業風景

多様化が進み、先生も「先生っぽくない」外見の人が多くなってきました。ちょんまげや長髪の男性教師、作り込み過ぎたメイクの若い女性教師、そもそも生徒に制服を強要しているのにその服装はどうかな??という教師…。

息子はちょんまげ先生や人形のように作り込まれた顔の先生が「怖い」らしいです…。

 

「その日」は突然

 

そんな「怖いもの」がどんどん増えていくのに、全体数量がなかなか減らない発達障害児。

しかし、そんな彼らも本当に少しずつですが、内面の成長はあります。

こころが成長していく中で、ある日を境に「こんなに怖がってばかりなのは恥ずかしいし、つらい」と思い始めることがあるようです。

 

それが不登校という内に籠る状態となったり、移動教室を避けて授業拒否となったり、息子のように苛立ちの果てに癇癪を起こしたり…といったマイナスの反応になることも多々あることは確か。

 

それでも辛抱強く成長を見守っていれば、思いもかけない場所でいきなり吹っ切れる瞬間に出会えることがあります。

 

私はいけない、と思いながらもつい息子の癇癪に応戦したり、一気に頭に血が上ってクッションを床に投げ捨てたり…こんなブログ書いているのに何やってんの??、ということをやってしまう時がありますが…(苦笑)。

それでも「我慢、忍耐、努力、笑顔…」なんてイライラ歯ぎしりをしながら毎日息子の様子を見守っていたある日のことです。

 

今まで3年以上ずっと出来なかった、プールで飛び込み台から飛び込む、という息子を目撃しました。

これ、息子のようにプールを長年習っている子としては非常に稀なことなんですがね…。

 

プールサイドに並ぶ犬

高さがあって斜め前方に傾斜のかかっている、「競技用飛び込み台」から飛び込むことが、何年経ってもできなかった息子でした。普通に「高さがある固定された一般的な飛び込み台」の飛び込みはできていましたが、「競技用」は高さも高く、足元が板の弾力で揺れるうえ、かなり前方に傾斜がかかっています。大人と変わらない規格ですね。でも、気持ちは分かる…。私も怖いわ…(笑)。

何故かある瞬間に吹っ切れた

 

その日は学校から帰ってきても別段やる気に溢れている、というような様子は全くなかたので、びっくり!

 

級がどんどん上がっているのに、毎回両足からお風呂に入る要領でどぼん!というようなめっちゃくちゃな飛び込み方をしていて、コーチに「あっちゃー…。」と言われ続けて3年。
コーチの方がドびっくり!Σ( ̄□ ̄|||) でした。

 

帰ってきた息子は、特別ドヤ顔なわけではありません。
なぜ「今日」できたか聞いてみたら…。

 

眼鏡をかけた男の子のアイコン





いや、腹打ちして痛くなってもいいや、って思って。

 

腹打ち」とは、下手な飛び込みをした時にお腹を水面にビチャン!と強打することです。経験のある方は分かると思うのですが、結構痛いんですよね。

私は水泳を習ってはいなかったので、学校のプールの授業で何度も打っていました…。

今でもやるかもしれません(笑)。

 

息子はその日、何となく「もう別に痛くてもいいや」と突然吹っ切れたみたいです。

3年も痛いのが怖くて、出来なかったのにね。

 

周りの子たちの「えー、ありえねー!XX級だろー」なんてヤジやコーチの叱咤より数段怖かったものが、「何となく今日は」吹っ切れちゃった。

 

あるんですね、そんなこと。

成長の過程で、私達もきっとそんな「ある日突然吹っ切れた」ことが幾度もあったと思うのですが。

息子のその「瞬間」に立ち会えたのは、小さな感動でした。

 

青空を見上げる女の子

「何となく吹っ切れた」。自分をがんじがらめにしていた紐を、ある日ふっと切ってみた。そんな瞬間を経験するたびに、ひとつずつ、大きくなっていくんですね。

 

まとめ

 

きっとこの「感動」は、定型発達でそれほど時間をかけずに怖さを克服していく子を育てていたら、感じることはできなかった「感情」でしょう。

 

こうやってひとつひとつをゆっくりと、多くの時間をかけて克服していく彼らの成長を、じっくりと噛みしめたり考えさせられたりしながら共に過ごす時間を。

私たちは天からギフトとして与えられたのかもしれません。

 

ずっと怖かったものがシャボン玉のように空にはじける瞬間を、綺麗だな…。そう感じることができるようになったら。

私たちの発達障害児の育児は、ひとつ、その「怖さ」を克服したことになるのかもしれませんね。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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