発達障害だって、頑張るもん!

発達障害だって、頑張るもん!

注意欠陥多動性障害(ADHD)で自閉症スペクトラムな息子を持つママ・ココです。子どもを通して学んだ発達障害児への対応、工夫、その他色々な情報をたくさんの人と共有できたらいいな、と思っています。

 

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【断捨離をしているのに、全然進んだ気がしない…】 それは「自分が自由にできるテリトリー」が少ないから

グリーンの背景に椅子と観葉植物

 

こんにちは。ココです。

注意欠陥多動性障害(ADHD)で自閉症スペクトラムな息子の行動と会話から何かのヒントを綴っていく当ブログへようこそ。

 

もう何年も断捨離を続けている私ですが、どうにも全く「モノ」が減った気がしない…。そんな時に気付いたことのお話です。

 

● 家族それぞれに自室があっても、ママの自室がない…。そして考えてみたら「自分が自由にできるテリトリー」がそもそも少な過ぎるのかも…。そんなことにふと気が付きました。

 

 

きっかけは1冊の本

 

断捨離に興味がある方はご存知かと思いますが、この手のジャンルで有名なブロガーさんがいます。カナダ在住の「筆子」さん。

 

筆子ジャーナル | シニア目前、60代主婦でミニマリストなブロガー筆子が、断捨離と節約をして「老い支度」に励む日々。

 

彼女の断捨離ブログは「実際に捨てたモノの紹介」や「断捨離の方法」ではなく、主に「違う角度の考え方を与えてくれる」という点で、とても参考になります。

シンプルで直接斬り込んでくる文章も、彼女の好きなところ。

 

そんな筆子さんの本をふと見かけたので、この間読んでみました。

 

 

家族の状態が断捨離に影響する

 

様々な断捨離の本を読んでいる私ですが、実はそんなに「刺さった」本にあまり出会ったことがありません。

 

環境(転勤族のために、住まいのサイズや間取りが常に変わる生活)や家族構成(とても手のかかる発達障害児を持っている。日常的には断捨離を考える余地がない)、家族の性格(モノが大好きな夫と「捨てる」ことに強い抵抗がある自閉症スペクトラム児)などが他の方々と違うから、ということは薄々分かっていたのですが、これだ!という核心的なものが何だかよく分からない…。

 

そんな時にこの本を読んで、ああ、そうだったのか。と気付いたことがありました。

 

著者の筆子さんの夫も大のモノ好きで捨てることが大嫌い。娘さんに至っては一緒に暮らしている頃は汚部屋の住人だったそうです。

そんな中で筆子さんは「自分のテリトリーのみを断捨離する」ことに専念。

例え家族であっても「他人は変えられない」わけで。筆子さんは黙々と自分のスペース、と決めた箇所だけを断捨離していったそうです。(当時の彼女にも自室はありませんでした)

 

積み上げられた本

 

洗面所の棚の一角、クローゼットの数段、など。自室のない彼女のスペースは少なかったのですが、そこをいつもスカスカに保つようにして、「空空とした心の余地」を維持していた、という彼女。

 

彼女の家族の状況と私の状況があまりにも酷似していて、もううんうん頷きながら読んでいましたね。「そーなの、分かるっ!!」なんてつい口に出しながら(笑)。

 

「自分のテリトリー」がほとんどない、という事実

 

そこで私も「自分のスペース」を書き出してみようと思い立ちました。…が、ここではたと気付きます。

私のスペースは、夫の部屋としている一角に洋服を並べている、クローゼットのような箇所と、ドレッサー代わりにしているチェスト。この2箇所だけ。

 

しかも私のクローゼットのような一角は、服が大好きな夫が自分のクローゼット(夫のクローゼットはちゃんとあります)から出しては試着してみたり、新しく友達から貰ったりしてくる服やバッグ、靴やお手入れ用品などがどんどん進出してくるので、もはや「私専用区域」ではありません。

せっかく一部の場所を空けておいて、「ここに週末着る予定のお洋服とバッグを…」なんて置いておいても、その日の夜には上に彼のモノが乗っかっています…。

 

そのため、唯一私だけが使う場所はドレッサー代わりのチェストのみ。

…いえ、このチェストさえも家族みんなが使う耳かきや爪切り、ハンカチやポケットティッシュなど(息子はアレルギー持ちなので、大量のポケットティッシュを使用するため、在庫がたくさん入っています)共用スペースがあるため、「私専用の場所」というところが、このお家にはないのです。

 

仕事部屋

個室でなくとも、部屋の一角にこんなスペースがあったらいいのになあ…なんて思います。憧れですね。

 

そう。私には「自分の采配で断捨離ができる」「自分が自由にできるテリトリー」が一ヶ所たりともなかったのです。

 

断捨離できるのは「自分の場所だけ」

 

今のお家は夫の部屋も息子の部屋もあります。しかしそれ以外は3人の寝室とリビングのみ。台所は夫も洗い物を手伝ってくれるし、息子もおやつ置き場を作っているので共用部分。

おうちに3つあるクローゼットは、夫と息子がひとつずつ、もう一つは布団や季節用品(扇風機やストーブなど)に使っているので、私にはクローゼットさえないのです。

 

そうか。断捨離をコツコツ続けているのに、何だか全然進んだ気がしなかったのは、そもそも私が自由に断捨離できる部分がほとんどなかったからなんだ…。

 

「断捨離を続けているうちに家族が感化され、スッキリした部屋になった」という方のお話をよく耳にしますが、それは「たまたま」家族が感化されやすい人だったから。

 

考える女性のアイコン





我が家でも一時期家族が感化されたことはありますが、それも一定時期。やはり人の習性はそうそう変わるものではない、ということを実感しました。

一定時期が過ぎると、またモノが溜まり始めます。

 

あるいは、断捨離を中心的にやっている人が家族で一番「パワーが強い人」だから。

 

眼鏡をかけた男の子のアイコン





親戚の叔母さんは断捨離魔。彼女の勢いに家族みんなが「本当はもうちょっととっておきたかったけど」泣く泣くモノを手放しているんだって。

モノを手放す方が、彼女に抵抗するよりもずっと心身的にラクだっていう話だよ。

 

断捨離のブログを常に発信し、何冊も本を出している筆子さんでさえ「自分のスペース以外は」断捨離出来なかったそう。

 

断捨離の本を出している人は家中整っている、という印象がありますが、それは「たまたま」その方の家族が一緒の方向を向いて歩き出したからなんですね。(あるいは本人のパワーが強すぎて従わざるを得なくなってしまったのか…。)

 

何度も言うようですが、他人と過去は変えられません。

断捨離ブログでトップブロガーである筆子さんのこの本を読んで、そんな当たり前の事実にふと気が付きました。

 

会議をしている男性と女性

そうそう。価値観はそうそう変わるモノではないからね。そして「相手を変えよう!」と思っている間は、相手を受容していないのだから、関係性も悪くなっちゃうよね。

 

まとめ

 

よくよく考えたら、自分の部屋を持っていた中高生の頃や独身時代の私は、モノが少ない生活をしていました。

「フランス人は10着しか服を持たない」ではないですが、8着程度で私も過ごしていました。高校生の頃は2着しかありませんでしたね(笑)。

シャープペンシルは1本しか持っていなかった、過去の私。

 

 

自分とは違う価値観の人と出会い、家族になれば、味の好みもモノを所有する限度量も違ってくるのが当たり前。

家族という、こんな小さな集団でさえ「多様性」が存在します。

 

発達障害児息子を育児しながら、「ヒトの多様性」を学んでいるはずだった私。

自分の思い通りにできる範囲は「自分の範囲だけ」という至極当然なことを、断捨離を通して改めて考えさせられました。

 

筆子さん曰く、「自分の聖域を持ちましょう」とのこと。

自分で好きに断捨離できる自分のスペースを持つ、ということが、相手が捨てない、片付けないというイライラから自分を救ってくれるのだそうです。

 

取りあえず私もドレッサー代わりのチェストの中身は全部自分のモノだけにして、ここを聖域にしておこう、と思った次第です。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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