
こんにちは。ココです。
注意欠如多動症(ADHD)で自閉スペクトラム症な息子の行動と会話から何かのヒントを綴っていく当ブログへようこそ。
今日は、一度は「見たことある!」という図形「ルビンの盃」のお話。
見たことあるかも?「ルビンの盃」
「ルビンの盃」とは、デンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案した「図」と「地」の反転図形です。

「ルビンの盃」 エドガー・ルビン
これは「向かい合う二人の横顔」の絵なのですが、実際には存在しない中央の「盃」の方が認識されやすい、という「多義図形」といわれるもの。
学校の美術の資料などで見たことがあるかも…という方も多いのではないでしょうか。
黒い部分が「図」となる場合は「向かい合う二人の横顔」に見えて、白い部分は背景になります。
逆に白い部分が「図」となった場合は、左右対称の「盃」が見えて、黒い部分は背景となります。
「図」と背景となる「地」は簡単に反転させて見ることができますが、「同時に両方の形状が図として」知覚することはできません。
人間はどちらか一方に注視すると、もう一方は背景としてしか、認識できなくなるんですね。
これを心理学では「図と地の法則」と呼びます。
図・地知覚障害という困難
発達障害の子供の中には、この「ルビンの盃」で「盃」しか認識できない、「向かい合う二人の横顔」しか認識できない、など、どちらか一方しか知覚できない子がいます。
「図」と背景である「地」を分けて認識できないのです。
これは一般に「図・地知覚障害」と呼ばれます。
ただし、日本の精神医学・心理カウンセリング現場で診断基準として使われている米国精神医学会の「DSM-5-TR」では「発達性協調運動障害」の一部として記載されているのみで、医学的な診断名ではありません。
障害の特性のひとつ、と考えていただけるといいかな、と思います。
さて、この図・地知覚障害を持つ子は「横顔」としてみたり、「盃」としてみたりする「認識の切り替え」が難しいため、様々な学習時困難が現れます。
例えば数学での空間図形を考えるとき。
様々な記号が表記されてある地図を読むとき。
板書を「文字として取り出して」(黒板周りにある色々なポスターや時計、当番の名前などの「背景」から、必要な「文字」を取り出して)ノートに書くとき。
教科書の文章を「文字として取り出して」読むとき。
美術で何かを「背景から隔離して認識しながら」模写するときなど。
注意欠如多動症(ADHD)や学習障害(LD)を持つ子に現れることが多いようです。

日常での困難も
この必要な「図」を背景である「地」から区別して取り出す能力は、学習時だけではなく、日常にも困難をきたします。
例えば並んだ本棚の中から必要な「理科」の教科書を取り出す。
引き出しの中から「鍵」を見つけ出す。
人や車が右往左往している道路で「待ち合わせた友達」を探し出す。
周囲を見渡して「喋らない方がよさそう」「トイレは2階」「みんなチケットのようなものを持っているから、きっと受付番号札を発行する機械があって、その札を持っていないと会場に入れないみたい」など、周囲の状況をぱぱっと把握することが難しくなります。
注意欠如多動症(ADHD)である息子は、ルビンの盃などの多義図形は難なく切り替えて知覚することはできますが、学校で必要なワークを自分のロッカーから「見つけ出せない」、自宅であれこれ探し物をする、などはよくありますね。
地図の読み取りも空間図形も問題ないのですが、ところどころで「背景から図(必要なもの)を取り出す」困難さは多少なりともあるようです。
あなたの世界は「あなたのココロの捉え方」で作られている
「図」は白い部分に境界線があって初めて「図」として見えるのですが、この「ルビンの盃」では黒の横顔に「横顔を作る境界線(輪郭)」がありません。
そのため、私たちの脳は黒い部分を「左右まとめて」見るようになります。黒い部分を「背景化」させるんですね。
このように、人間は個々に点在する要素をひとつひとつバラバラに認識せずに、まとまりのある「ひとつの形態」として認識しようとする傾向があります。
存在しないはずの「左右対称の盃」が見える。
それは外の世界があなたを刺激しているわけではなく、「あなたの見え方・捉え方」によって「外の世界が形つくられている」ということでもある。
「ルビンの盃」は、そのことを私たちに教えてくれているのです。

外の世界が「それでも美しく」見えるのか、「嫌なことばかりで無意味だ」と見えるのか…。
中学3年の頃、息子が「最近、空が綺麗だなって思えるようになったんだよね」と言った言葉が、すごく印象的でした。
まとめ
今日は有名な多義図形「ルビンの盃」から見える障害「図・地知覚障害」のお話と、「あなたの捉え方によって、外の世界は違って見える」というお話でした。
人や世界は「地(背景)」があって初めて「図」として成り立ちます。そしてその「地(背景)」もまた、捉え方次第では「図」と成りえる。
「図」も「地」もひっくるめて、総合的に見ようとする目が、私たちには必要なんですね。
その行動の裏に抱えられている感情という「地」の部分に着目していくと、相手は違って見えてきます。
悪いところだけじゃない。小さいけれど光っている場所もある。
物騒で不安な世の中になってきた。それでも安全なお水が飲めて、まっすぐに身体を伸ばして寝ることができる。
そんな「あなたのココロの捉え方」次第で、相手は、世界は違って見えてきます。
柔軟な目線とココロを大切にね。ルビンの盃は、そんなメッセージを私達に送っているのかもしれません。
ココのちょこっと心理学、お楽しみいただけたでしょうか?
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。